きよかぜ便り

60の手習いで覚えたパソコンとカメラで楽しんでいます

2016年01月


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2016年1月27日(水)・野川公園自然観察園の中はほとんど人影が無くひっそりしています…聞こえてくるのは野鳥の囀りと、落葉を踏む自分の足音だけです。

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ムクドリ(椋鳥)…黄色の嘴と足が特徴で、集団で行動し鳴き声は鋭いです


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ジョウビタキ(常鶲)の♂…前からも写したかったのですが、直ぐに飛び立ちました


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ツグミ(鶫)…残雪の上を小走りしています


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ダイサギ(大鷺)…池の中に何か獲物をみつけたようです


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ダイサギ…池に飛び込み獲物を捕らえる瞬間を狙いましたが…


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シジュウカラ(四十雀)…白いほっぺが特徴で可愛いです


野川に沿った武蔵野公園沿いに、何時もカワラヒワが群れている木があります

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大きな「アキニレ」の樹上に、カワラヒワが群れ止まっています


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カワラヒワ((河原鶸)…高所のアキニレの枝に止まり、下枝には降りてきません


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カワラヒワ…太い嘴と翼に混じる黄色い色が特徴の野鳥です


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カワラヒワはアキニレの実が好物のようです


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野川の好きな景色…左は国分寺崖線、右の道沿いは秋にコスモスが群生します


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野川の流れ…小金井新橋下流、野川公園や深大寺方面へ流れ下ります


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小金井新橋からの野川上流


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野川の流れに手を入れました…湧水の水はそれほど冷たくはありません


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河原の「ユキヤナギ・雪柳」も数輪ほころび咲いていました


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レンギョウ(連翹)も、よ~く見てみると数輪咲いています…直に花盛りになります


国分寺崖線の坂道を懸命に自転車で登ります…まだまだ大丈夫です(笑)

…了…



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2016年1月27日(水)・青空に暖かそうな陽も射しています…寒い寒いと縮こまっているにはもったいない冬日和です…野川へとサイクリングすることにしました。住む街から小金井街道を南へ…途中で小金井公園の梅園に立ち寄りました。

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数本の白梅紅梅が花開いています


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白梅が青空に映えて美しいです

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白梅


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ほんのりピンクがかった梅


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蕊の長い紅梅


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今朝開いたばかりに見える新鮮な紅梅

小金井公園の梅園は所々残雪があり、地面も濡れてヌルヌルしています…上ばかり見て撮影していたら滑り、あっという間にスッテンコロリン…無様な格好になりました。手もリュックもジャンバーもズボンも泥だらけ…仕方ないな~…手だけは洗ってそのままで自転車に乗りました。まぁカメラも歯も(笑)無事で何より…どうせ誰も私のことなど気にしません…汚れた格好で自転車に乗り、野川へと向かいました。

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野川の土手にも雪が残っています


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野川公園自然観察園内にも残雪が…

まずはセツブンソウのことが気になりました…咲いていてくれるでしょうか

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小さな小さなセツブンソウの花が咲いています

1㎝ちょっとの花…花丈も2㎝程…膝をつかないと思うように写真は撮れません…どうせ汚れたスラックスです…ためらうことなく両膝をついて写真を撮りました…そこへステッキで散歩中のおじ様が近寄り"何をお撮りなんですか?"と聞きます。

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セツブンソウ(節分草)

私が"セツブンソウの花です…今年の花は特に小さいですね"…でもおじ様には俄かには花が見えないようです…何処に在りますかと尋ねます…ここですよと指すと漸く見つけたようです…遠目には見えないくらいの小さな花です…色も白というよりも青みがかった灰色です…枯葉を風除けに、健気にも数輪花開かせていました。

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セツブンソウ…キンポウゲ科なので花弁に見えるのは蕚片です


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野川自然観察園では種を蒔いているようです…自生種はもっと遅い開花です

セツブンソウの花を堪能後、何か他に咲いていないかと園内を一巡りしました

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ウグイスカグラ(鶯神楽)…スイカズラ科


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ウグイスカグラの名の由来は色々…古名は「ウグイスノキ」だそうです


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ロウバイ(蝋梅)…基本種で花の中心部は暗紫色で、花弁の色も黄色が薄いです

ここにはロウバイとソシンロウバイが並んで咲き、以前に花ガイドの方に自然交雑種になっている可能性があると聞きました…どちらともつかない花もあります。

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ソシンロウバイ(素心蝋梅)に似ていますが、芯が少し紫がかっています


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ロウバイ?…花芯は紫ですが、花弁の色が濃いのとうすいのがあります

…冬日和のサイクリング②.野川の野鳥に続きます…






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2016年1月22日(金)・ゆっくりとランチタイムをとり元気回復…これから岬巡りをします。レストラン隣の丘には去年まで大砲の模型がありましたが、撤去されていました。東京湾に突き出した観音崎は、東京湾防備の重要地点として、明治期の陸軍により各所にレンガとコンクリートの砲台が築かれ、今もその跡が残されています。


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素掘りの隧道をくぐると海側に出ます…隧道内は地層が露出しています


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観音﨑灯台が見えてきました…さぁ頑張って登りましょう


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西脇順三郎の詩碑「燈台へ行く道」

つづら折りの坂道をふうふう言いながら登りました

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山肌は浸食された観音崎の地層が露出…この木の根は椿に見えました


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観音崎灯台の敷地内にある「皇后陛下御行啓御座所跡」…貞明皇后様です


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 「初代海上保安庁長官・大久保武雄(橙青)句碑」        「高浜虚子句碑」 

橙青「汽笛吹けば 霧笛答える 別れかな」・虚子「霧いかに 深くとも嵐 強くとも」


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観音﨑灯台前に咲いていた水仙


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観音﨑灯台

観音﨑灯台は日本最古の洋式灯台で白色八角形です。僅か3.5㎞の狭水道で世界有数の船舶の大動脈である東京湾浦賀水道航路を照らし、東京湾海上交通センターと合わせて海上交通安全に寄与しています。当初の灯台はレンガ造りの四角い洋館建てで、ヴェルニー等フランス人技師が設計、関東大震災の後1925年にコンクリート造で再建され、現在まで使用されています。佐田啓二、高峰秀子主演の映画「喜びも悲しみも幾年月」のファーストシーンに、この灯台が登場しました。
 
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平成2年まで八丈島で使用されていた灯台です

高所は怖いですが灯台に登りました…素晴らしい眺めですが、体全体がすくみます

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東京湾海上交通センターの上を、トンビがぐるりと回っています

恐々一巡りし3枚の写真を撮っただけでギブアップ、独りすごすご階段を降りました

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目が回るほどの急な階段です

皆が灯台を降りてくるの待って、次の見所へと向かいました

観音崎の地名は、奈良時代の741年に僧・行基が、船の安全の為に十一面観音(船守観音)を海蝕洞窟に納めたことに由来します。この近くの旗山崎で入水し海を鎮めた弟橘媛尊を十一面観音として刻まれたと伝わり、海上安全の霊地として信仰され、江戸時代には観音堂などの堂宇も建立されました。

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海蝕の洞窟…十一面観音像は移転後焼失、今は小さな石の祠が祀られています


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観音堂の描かれた古い絵図…(写真はネットから頂きました)


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焼失前の十一面観音像…(写真はネットから頂きました)

観音寺は明治13年に、陸軍の砲台建造に伴い横須賀市の鴨居へ移転させられ、昭和61年には火災により、観音寺堂宇も十一面観音像も焼失しました。

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枯れ薄と大型船


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大型船と上空の飛行機


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「寂光土」…宝永・天明・天保・文政の時代の無縁墓石が大切に祀られています


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観音崎の最後に目に焼き付けた海の景色…椿はまだ蕾でした

午後3時…あと5分で横須賀行きのバスが来ます…バスにも電車にも座ることが出来て、乗り換えも何とかうまくいき、家路につきました…楽しい観音崎散策でした。

…了…





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2016年1月22日(金)・何時もは走水神社からバスに乗り観音崎へ向かいましたが、破崎緑地でお会いした地元の御婦人に"観音崎京急ホテル裏のボードウォークの道は景色が素晴らしいですから是非に…"と勧められ、歩くことにしました。

走水港の伊勢山崎側にある防衛大学走水訓練場にも立ち寄りました

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走水港では、防衛大生がボートを漕いで訓練している風景を何度か見ました

港の旗山崎側は漁港ですが、反対側は防衛大のボートやヨットが多く係留中です

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伊勢山崎側から見た走水港…吾らがY先生は撮影に奮闘中です…拡大できます

道端に咲く小さな可愛い花達…小さな春を見つけた思いです

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キュウリグサ(胡瓜草)


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オオイヌノフグリ(大犬の陰嚢)

観音崎京急ホテル手前の道を真直ぐ海に向かって歩くと、ボードウォークの道が…

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観音崎京急ホテル裏にある約600mのボードウォーク、木製遊歩道です…高潮防護機能も兼ね、平成4年に完成しました。ここで持ち寄りの御菓子で"おやつタイム"…

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ソテツが南国らしい雰囲気です

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沖は千葉県富津市の京葉臨海コンビナートです…富津の名は、入水した弟橘媛の袖が海岸に流れ着いたことに由来した「布流津(ふるつ)」が転じて富津になったとされます。ここは古東海道で、走水から上総へと東京湾を船で渡る古代の道でした。

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沖行く大型船を眺めながら、磯の香漂うベンチでリフレッシュ…さぁ直に観音崎です


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観音崎…丘上の白い建物は「東京湾海上交通センター」…航行管制をしています


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《かながわの景勝50選・観音崎》の石碑


岬廻りはランチの後にして、まずは観音崎隧道をくぐりレストラン「マテリア」へ…

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こんな実のなる木が多くあります…「トベラ・扉」節分に魔よけとして戸口に飾ります


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トベラの花…2013年5月3日東御苑で撮影


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この多肉植物の名は解りませんでした…帰宅後ネット検索してみました


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「カランコエ・ミラベラ」という名のようです


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レストラン「マテリア」…地産地消の野菜や魚を使った料理がメインのレストラン


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室内の雰囲気も応対も最高…素晴らし眺めの予約席がとってありました


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ビールで乾杯…地魚のスズキとメカジキのソテーもケーキも、美味しかったです

ランチも美味でしたが、レストランの海側のお庭からの景色も素晴らしいです

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サザンカの花が咲いていました


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ソテツは海に似合います


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沖行く大型船と羽田発着の飛行機を一緒の画面に入れようと、頑張りましたが…


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大型船もスピードがあります…飛行機は1・2分ごとに現れては消えます


…三浦半島1DAYパス③に続きます…





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2016年1月22日(金)・友人達と"三浦半島1DAYパス"の小さな旅をしてきました。都営大江戸線で大門浜松町駅へ~都営浅草線に乗り換えて京急品川へ…東京の鉄道路線は複雑に相互乗り入れしていて難しいです…何とか京急品川駅に到着し、¥1920也の京急・三浦半島1DAYパスを購入し特急に乗り込みました…本線は三崎口行きですので堀之内駅で鈍行に乗り換え、馬堀海岸駅で降りバスに乗ります。
観音崎行バスの伊勢町で下車し、まずは第一の目的地"ベルニー水"へ…

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横須賀水道レンガ造貯水池(明治35年築造)

1853年、ペリー率いるアメリカ艦隊が浦賀沖に姿を現したのを機に日本は開国へ…横浜造船所や観音﨑灯台の建設に功績を遺したフランス人技師ヴェルニーによりこの水源は発見され、湧水は艦船に搭載され赤道を越えても腐らない程良水でした。

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裏山が走水水源地です…桜の名所で花時には一般開放されます

「ヴェルニーの水」と名づけられた湧水は市民に無料給水されています。大型濾過器で濾過し塩素殺菌されていますが、良質な湧水なので美味しいと評判です。

国道16号線沿いの海辺の道は"うみかぜの路"と言われる散策路です…ここの小さな破崎緑地からの富士は"東京湾眺望・夕陽の富士"としてつとに有名です…が、今日は晴天ですが富士の周囲だけに雲がかかり、富士山は見えませんでした。

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左は馬堀海岸と走水水源地の山…中央の横須賀市街上に富士が見えるはずです


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去年2015年1月3日に撮影した富士山…この景色が見られず残念でした


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パノラマ撮影…中央奥の島は東京湾内最大の自然島「猿島」…拡大できます

この破崎緑地のベンチに座っていた地元の婦人によれば、朝のうちは富士山が見えたとの事でした…その方から耳寄りな"ボードウオーク"なる情報をゲットしました。


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同心海岸…右の岬は御所ヶ崎(旗山崎)

この小さな岬は、日本武尊が東征の折にここに臨時の御所を設け軍旗を立てたという伝説から「御所ケ崎」又は「旗山崎」と言われます。父景行天皇から東征を命ぜられた日本武尊はここから船で上総へ渡ろうとしましたが、暴風雨に阻まれ、この時同行の后・弟橘媛が自ら入水して海神の怒りを鎮め、航海の安全を図りました。

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杭の立つ岩礁は寺島(御座島)…古老によると日本武尊が乗船した場所だそうです

2012年8月30日に、ここ同心海岸で出会った96歳の古老の話が私のドキュメントに記録してありました。代々村人に伝わっている話だそうです。大和武尊の軍勢は総勢2千人でした…腕のいい地元の船頭が、もしも無事に渡海できたら褒美に「安房の国4つをあげよう」と言われたそうですが、船頭は「米の方がいいから粟はいらない」と思い、褒美はもらわなかったと言います。又海が荒れたのは妃を随行していたから海神が怒ったのだそうです…海辺で土地の言葉で聞かせてもらった話です。

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御所ヶ崎には明治に入り砲台が築かれました

弟橘媛が入水して七日目に御櫛が浜辺に流れ着き、村人により御所ヶ崎に御陵がつくられました。後に橘神社は明治政府に撤去され、走水神社に合祀されました。

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走水港…湾右の岬は伊勢山崎、白い建物は防衛大学走水海上訓練場

走水神社へ

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走水神社・鳥居

創建は江戸享保期に神社の記録が焼失したので不明ですが、伝説では景行天皇の即位40年(110年)東夷征討の命を受けた日本武尊が、この走水から上総へ渡るにあたり、敬慕する村民に「冠」を賜り、村人は冠を石櫃に納め、その上に社殿を建て祀ったことに始まると伝わります(明治453年に弟橘媛尊を合祀しました)

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急な石段を上ると拝殿があります


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拝殿


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拝殿の中には日本武尊と弟橘媛尊の絵がありました


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別宮「左が平成25年再建…右は旧別宮」…殉じて入水した50人の女官を祀ります


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本殿奥の岩壁に祀られた水神社…河童像も祀られています


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弟橘媛尊の辞世の歌碑(竹田宮昌子内親王筆)

「さねさし 相武の小野に 燃ゆる火の 火中に立ちて 問ひし君はも」…弟橘媛尊はこの歌を残し、菅畳八重、皮畳八重、きぬ畳八重を波の上に敷き身を投じました。


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歌碑の除幕式には東郷元帥(右端)・乃木大将(右から4人目)も参列しました。
弟橘媛尊は「船守観音」として海の女神として、明治政府にも重要視されたようです
(写真はネットから頂きました)


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神社の頂からの眺め…奥は千葉県の富津です


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境内の「舵の碑」…弟橘媛命の顕彰と海の安全と平和を祈ります


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日本武尊と弟橘媛尊の顕彰碑

三浦半島1DAYパス②に続きます…




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